M42-CONTAX Sの系譜


 

1945年5月7日、ドイツは連合軍に対して無条件降伏をし、ヤルタ体制での四国管理下を経て、で東西分離される、そして1949年9月にドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)が成立し、10月ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)が成立する。まさしくその1949年に東側のツアイスVEB ZEISS ICON(のちのVEB PENTACON)から、歴史的M42マウントを携えてCONTAX-Sは生み出されるのである。また分割による二つのツアイスは陶然の事ながら混乱を生む事に成り、その結果CONTAX-Sの系譜は同一異名のカメラを世に出す事に成る。此処に手持ち資料の抜粋ながらCONTAX-Sの系譜を記載させて頂きます。



PICTURE

YEAR & NAME

SAME BODY

TOPICS

 1949
CONTAX-S

NO OTHER
NAME BODY

-

1953
CONTAX-D

PENTACON
CONSUL
HEXACON
ASTRAFLEX
NO NAME BODY


軍幹部にシンクロ接点が移動

NO PICTURE

 1955
CONTAX-E 

NO OTHER
NAME BODY

プリズム上部にセレンメータ−付

1957
CONTAX-F

PENTACON-F
RITACON-F

自動絞り機構付き

1957
CONTAX-FB

PENTACON-FB

自動絞り機構、メータ−付き

1957
CONTAX-FM

PENTACON-FM

自動絞り機構、ファインダー交換可能

1957
CONTAX-FBM

PENTACON-FBM

自動絞り機構、メータ−付き
尚、このページの差し込み写真は僕の所有物では無いのでご了承を。

 1968-72
Pentacon Super

NO OTHER
NAME BODY

ほぼ10年の時の流れを経て、TTL開放測光、縦走りメタルフォーカルプレンシャッターなど最新の技術を集結させ登場した彗星のごときカメラ。その後もその技術はプラクチカシリーズに受け継がれて行く。

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